
歌川広重-名所江戸百景-79-秋-鉄砲洲築地門跡 解説
現在の住所:中央区 築地
緯度経度 :緯度:35.6650 経度139.7730
出版 :1858年7月 年齢:62歳
観光ガイド風解説:「鉄砲洲築地門跡」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の町を彩った名所を四季の移ろいとともに描いた全119図の大連作です。
その中でも「鉄砲洲築地門跡」は、江戸湾沿いの鉄砲洲地区にあった寺院の門跡を描いた一枚です。
江戸の宗教文化と水辺の風景を融合させた趣のある作品です。
■ 鉄砲洲と築地門跡とは
鉄砲洲は現在の中央区湊・明石町一帯にあたり、隅田川の河口近く、江戸湾に面する埋め立て地でした。
もともとは低湿地帯でしたが、江戸時代初期に埋め立てが進み、町屋や寺院が置かれるようになりました。
この地には「築地本願寺」が建立され、その格式高い伽藍が「門跡寺院」として知られています。
17世紀前半に西本願寺の別院として開かれたことから、江戸における浄土真宗の拠点となりました。
江戸の庶民にとって築地本願寺は「お西さん」と呼ばれ、葬儀や法要で親しまれました。
また、港町に近い立地から、遠方からの参詣者や海運関係者にとっても重要な信仰の場所でした。
■ 絵の見どころ
江戸湾に面した湿地帯で、佃島の対岸に当たります。
名称の由来は寛永年間は井上家、稲富両家が大筒を試射した場所です。
洲崎の辺りが鉄砲の形に似ていたからといわれています。
1657年の明暦の大火で焼失した西本願寺を移転する際、佃島の信徒が中心となりこの湿地帯を埋め立て再建しました。
巨大な本堂は江戸湾を航行する船舶の目印になりました。
海岸線には波除け石垣を築き、ここは魚の住かとなりました。
手前に佃島を目指す二隻の弁才船の帆が見えます。
中景には釣り舟や投網をする舟がいます。
その先の南飯田町の岸壁があります。
その後ろに西本願寺の本堂が大きく現れます。
遠景には雁の群が描かれています。
■ 現代の築地と鉄砲洲
現在の築地本願寺は関東大震災後に再建され、インド様式を取り入れた独特の建築で知られています。
広重が描いた江戸時代の伽藍とは異なる姿です。
近隣には「鉄砲洲稲荷神社」も残っており、江戸時代の水辺信仰と寺社文化を併せて体感できるエリアとなっています。
現在の築地は市場や飲食文化で有名ですが、築地本願寺や周辺の寺院群を訪れることで、江戸の宗教都市的な側面を知ることができます。
■ 観光ガイドのおすすめポイント
①築地本願寺参拝
現在の築地本願寺は荘厳なインド様式建築です。
②鉄砲洲稲荷神社散策
鉄砲洲の鎮守である稲荷神社と併せて巡れば、江戸庶民の信仰と水辺文化をより立体的に理解できます。
③築地グルメと歴史散歩の融合
散策のあとは築地場外市場で食を楽しむのもおすすめです。
江戸の寺町と現代の食文化を同時に味わえるのが、この地域の醍醐味です。

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