歌川広重-名所江戸百景-72-夏-深川三十三間堂  解説

歌川広重 名所江戸百景 深川三十三間堂  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-72-夏-深川三十三間堂  解説
              

現在の住所:江東区 三十三間堂跡付近 
緯度経度 :緯度:35.6739 経度139.7965
出版   :1857年8月   年齢:61歳

観光ガイド風解説:「深川三十三間堂」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の名所を四季の移ろいとともに描いた大作シリーズです。
「深川三十三間堂」は、現在の江東区にあたる深川の地を舞台にしています。
この堂は京都の三十三間堂(蓮華王院)を模して江戸に建立されたものです。
江戸の人々にとっては信仰の場であり、同時に観光のスポットでもありました。

■ 深川三十三間堂とは
深川三十三間堂は、京都の三十三間堂に倣い、江戸時代初期に建立されました。
三十三間堂とは、柱の間(ま)の数が三十三ある長大な仏堂を指し、千手観音を安置し、多くの参詣者を集めました。

この堂は信仰の場であると同時に、射術の腕前を競う「通し矢」の舞台としても知られたいます。
特に正月の行事として人気を博し、多くの観衆を集め、江戸庶民の娯楽のひとつとなっていました。
京都に比べれば小規模ながら、江戸においては壮大な建物で、その長大な姿は周囲の風景の中でもひときわ目を引く存在でした。

■ 絵の見どころ
京都蓮華王院の三十三間堂を模して弓師備後が弓術稽古場として最初は浅草に建立しました。
1698年に焼失したあとは深川富岡八幡の近くに再建しました。
その後、大風で転倒し、1828年に再建しました。

千手観音を本尊として安置するも宗教的要素は薄かったようです。
京都と同じく「通し矢」を行うために、南北に約120メートル、東西に約7メートルと細長く、濡縁が四方を囲んでいました。
通し矢は堂の南端から北端に射りました。
一昼夜かけて射った矢の本数を競いました。

図の手前、見物客が見守る西側の濡縁がその舞台である。
『江戸名所図会』では東側の表門を正面に描いています。
この絵では裏手である西側を描いています。
この堂の本来の目的である通し矢を主題として描いています。
画面斜めに配置した堂が矢のスピード感を感じさせています。

上面に貯木場があり、その横に掛茶屋を描いています。
絵本江戸みやげに構図が似ています。

■ 現代における深川三十三間堂
残念ながら、江戸時代に存在した深川三十三間堂は現存していません。
明治以降の都市改変や震災・戦災を経て姿を消しました。
しかし、広重の浮世絵を通じて、そのかつての賑わいを想像することができます。

現在、深川エリアには富岡八幡宮や深川不動堂といった歴史ある寺社が残り、江戸の宗教文化を伝えています。
また、深川江戸資料館では当時の町並みを再現した展示があり、「深川三十三間堂」が存在した頃の雰囲気を追体験できます。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①富岡八幡宮参拝
深川三十三間堂と同じく江戸の人々に親しまれたのが八幡宮です。
現在も夏の大祭で賑わいます。

②深川不動堂
千手観音を本尊とする点で、三十三間堂との共通性を感じられる寺院です。
護摩祈祷や迫力ある本堂は必見です。

③深川江戸資料館
江戸時代の深川の町並みを実物大で再現しています。
浮世絵の世界を立体的に感じられるスポットです。

④門前仲町グルメ散策
深川めしをはじめとした江戸由来の料理を味わえる店が多く、参拝や観光の締めくくりにぴったりです。

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