浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 71-夏-五百羅漢さゞゐ堂  解説

歌川広重 名所江戸百景 五百羅漢さゞゐ堂  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-71-夏-五百羅漢さゞゐ堂  解説
              

現在の住所:台東区 浅草周辺 
緯度経度 :緯度:35.7135 経度139.7960
出版   :1857年8月   年齢:61歳

観光ガイド風解説:「五百羅漢 さざゐ堂」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の四季や庶民の行楽を生き生きと描き出した浮世絵の大連作です。
「五百羅漢 さざゐ堂」は、下谷(現在の台東区)の五百羅漢寺と、境内に建てられた「さざゐ堂(さざえどう)」を主題としています。

江戸時代、五百羅漢寺は信仰と娯楽を兼ね備えた人気の観光地でした。
仏教的な厳かさと、庶民が楽しめる珍しい建物や展示物が並び、参拝と物見遊山の双方を満たしてくれる場所です。

■ 五百羅漢寺とは
五百羅漢寺は1691年、僧・鉄眼禅師の高弟・松雲元慶禅師によって開かれました。
境内には名の通り500体を超える羅漢像が安置され、江戸市中から信仰を集めました。
羅漢像は、一体ごとに表情や姿が異なり、「自分や知り合いに似た羅漢を探す」といった楽しみもありました。
そのため、寺は信仰の場であると同時に、江戸庶民の娯楽スポットとして人気を博しました。
場所は現在の東京都台東区西浅草付近です。
上野や浅草からほど近く、江戸の観光ルートに組み込まれやすい立地条件も人気の理由でした。

■ さざゐ堂とは
さざゐ堂(螺旋堂)は、二重螺旋構造をもつ珍しい建物です。
内部はらせん状の通路で、一度も同じ道を戻ることなく上り下りできるよう工夫されていました。
まるで「さざえの殻」のようにぐるぐると登る構造から「さざゐ堂」と呼ばれました。

堂内には釈迦の生涯や仏教説話を描いた絵や仏像が安置されています。
参拝者は物語を辿りながら堂内を進むことができました。
これはまさに「歩く絵巻物」のような仕掛けであり、宗教的な体験と娯楽性を併せ持っていました。
珍しい建築構造と、娯楽性のある展示は評判を呼び、五百羅漢寺を訪れる参詣者の目玉となりました。

■ 広重の絵の見どころ
五百羅漢寺は、1725年に象先和尚が江戸市中から集めた資金で建立したものです。
さざえ堂はその塔頭で、正式には三匝(さんそう)堂といい、1741年に造立されました。

右の図がさざえ堂です。左下がよしず張りの茶屋です。

さざえ堂は右に廻ると最上階にいたり、そこから下りになる二重の螺旋構造の三階建ての建物です。
各階に置かれた三十三体と最上階の一体をあわせると全部で百体の観音が安置されています。
ここを通ると、一階が秩父、二階が坂東、三階が西国の観音巡りを体現したことになります。
舞台の高さは十メートルくらいで、竪川にそって立ち並ぶ家々や貯木場が遠方に見えます。
さざえ堂前の道を左に進むと小名木川にでます。

■ 現代の五百羅漢寺
現在の五百羅漢寺は台東区から目黒区に移転し、目黒の地で再建されています。
当時のさざゐ堂は残されていません。
羅漢像や寺の由緒は現代に伝わっています。
また、会津若松の「さざえ堂」など、同様の建築を残す寺院でその雰囲気を体感することができます。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①目黒・五百羅漢寺の参拝
現在の五百羅漢寺には305体の羅漢像が残り、その表情を間近に楽しめます。

②会津若松・さざえ堂(国指定重要文化財)
現存する代表的な「さざえ堂」です。
江戸時代に流行した螺旋堂の雰囲気を味わえる絶好のスポットです。

③江戸文化との比較観光
上野や浅草周辺の寺社と合わせて、江戸の宗教文化を歩きながら体感できます。

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