浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 82-秋 高輪うしまち  解説

歌川広重 名所江戸百景 高輪うしまち  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-82-秋-高輪うしまち  解説
              

現在の住所:港区 高輪 
緯度経度 :緯度:35.6280 経度139.7370
出版   :1857年4月  年齢:61歳

観光ガイド風解説:「高輪うしまち」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の名所や四季折々の風景を浮世絵として描き出した大シリーズです。
その中でも「高輪うしまち」は、江戸の南に位置する高輪の牛町(うしまち)を描いた作品です。

江戸の人々にとって高輪は、東海道を品川方面へと抜ける街道筋であり、海を臨む景勝地です。
その一角にあった「牛町」は、牛馬の売買や飼育に関わる施設が集まった場所です。
庶民の暮らしを支える牛馬の市場と、のどかな海辺の風景が同居する独特の景観が広重の手によって表現されています。

■ 高輪うしまちとは
「うしまち」とは、牛馬を取り扱う市場や飼育場のことを指します。
江戸の都市生活では、荷物の運搬や農作業、建築資材の輸送に牛馬が欠かせませんでした。
そのため、高輪には牛馬を売買する施設が集まり、市場として機能していたのです。
高輪は江戸湾に面したエリアで、東海道を下る旅人が江戸を発つ際、最初に目にする海辺の景観です。
海と街道が隣り合い、人と物資の往来が絶えない活気に満ちた場所だったのです。

■ 絵の見どころ
牛町は江戸湾に面していた町で本来の町名は車町(芝車町)です。。
牛町は通称です。
1634年、増上寺安国殿造営の際に京都から牛車と牛持人足を呼び寄せ1639年に、彼らをこの高輪の地に定住させました。
のちにこの町から牛のかわりに八人で車を引く、大八車が誕生しました。
広重は牛町を示すその大八車を大きく配置し、その向こうに品川の台場が浮かぶ江戸湾の光景を描きました。
江戸湾には高瀬舟や弁才船が多数停泊しています。
西瓜の食べかす、草鞋の切れ端をくわえた子犬とはかとなく雨上りの倦怠感が漂います。
また大八車の車輪、雨上がりの空に架かる虹の弧の反復は広重の構図上の計算を窺わせる。
この車町のすぐ北には高輪の大木戸があり東海道の出入口として茶屋が並び旅人やその送迎の人々で繁昌していました。

■ 現代の高輪を歩く
現在の高輪は再開発が進むエリアで、JR山手線の「高輪ゲートウェイ駅」や「品川駅」が近く、ビジネスと交通の要所となっています。かつての「牛町」にあたる地域は現代的な街並みに変貌しています。
街道沿いの雰囲気を残す路地や地名から当時を偲ぶことができます。
かつての芝浦から高輪にかけての海岸線は埋め立てによって失われています。
高輪周辺には東禅寺や泉岳寺など、江戸時代から続く寺社が数多く残されています。
これらの史跡を訪ねながら、江戸の暮らしや街道文化に思いを馳せることができます。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①泉岳寺参拝
赤穂浪士ゆかりの泉岳寺は、高輪散策のハイライトです。
牛町を通っていた当時の人々も、この寺を意識していたに違いありません。

②高輪ゲートウェイ駅エリア散策
再開発によって新しいランドマークが次々と誕生しています。
江戸時代の牛町と現代の未来都市が重なる不思議な感覚を味わえます。

➂品川方面へ街道歩き
東海道を江戸から品川へ下るルートを辿ると、旅人が見た景色を追体験できます。

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