葛飾北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「江都駿河町三井見世略図」について説明する。
駿河町は現在の日本橋室町である。
この浮世絵の三井見世は、三井高利によって1673年 に開業した駿河町の三井の越後屋呉服店のことである。
越後屋呉服店は看板に「現金、掛け値無し」とあるように、全ての商品に定価をつけた商売で大成功を納めた。
「現金 無掛直 呉服物品 組物 糸類」の看板が「現金、掛け値無し」である。
この浮世絵は地上から見上げたような構図で、その視線の先に生き生きと働く屋根職人の姿と風に漂う凧を配する。
最も大きい右の屋根に三人の瓦職人を描いている。江戸の庶民の日常生活に静かに溶け込んだ富士山の姿が捉えられている。
日本橋の中でも、特に駿河町の「越後屋呉服店」、通一丁目「白木屋呉服店」、大伝馬町の「大丸屋呉服店」は『江戸三大呉服店』と呼ばれる。
江戸を代表する呉服店となり、明治期以降、それぞれ百貨店へ発展、「三越」「白木屋」「大丸」となった。
明治期には京都の「髙島屋」も東京に進出、1933年に現在地に百貨店を開業した。
現金掛値なしの意味は、掛け値とは、通常の値段よりものを高く売ること。
江戸時代、店舗を構える商売では、購入者を台帳に記入しておき、月末や盆や暮にまとめて回収する掛け売りが主だった。
「掛け値」は、後払いの金利やリスクを見込んだ高めの価格設定だった。
元禄時代に登場した三井越後屋呉服店は、掛け売りの慣行をやめてすべて現金販売とした。
そのかわり「掛け値なし」の「正札(しょうふだ)」で販売し、大成功をおさめた。
この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。
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