
歌川広重-名所江戸百景-65-夏-角筈熊野十二社 俗称十二そう
現在の住所:新宿区 角筈 熊野神社あたり
緯度経度 :緯度:35.6990 経度139.7010
出版 :1856年7月 年齢:60歳
観光ガイド風解説:「角筈熊野十二社(俗称十二そう)」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の四季折々の風景を描いた大作シリーズです。
その中で「角筈(つのはず)熊野十二社(じゅうにそう)」は、現在の新宿西側エリアする。
今で言う新宿中央公園周辺にあった熊野神社の境内を題材としています。
俗称で「十二そう」と呼ばれたのは、境内に大小十二の社殿を祀っていたことに由来します。
江戸時代、角筈と呼ばれたこの地域は、江戸城下のはずれに位置する田園地帯でした。
しかし、熊野信仰の拠点として庶民の信仰を集め、さらに桜や池の景観を楽しむ行楽地としても人気を博していました。
広重の浮世絵は、こうした江戸近郊の「癒やしの場」の姿を鮮やかに伝えています。
■ 熊野十二社とは
熊野神社は紀伊半島の熊野三山を総本社とする信仰で、中世以降、全国に広まりました。
江戸でも熊野信仰は篤く、角筈の熊野神社には十二所権現を祀る十二の社が並んでいたことから「十二社」と呼ばれました。
境内には大きな池があり、その周辺は自然豊かな景観が広がっていました。
池には鯉や亀が泳ぎ、周囲の林や桜並木は季節ごとの彩りを添えました。
江戸の人々は寺社参拝と合わせて、この池のほとりでの散策や舟遊びを楽しみました。
■ 絵の見どころ
正式には熊野十二所権現社といい、角筈村にあります。
この村は戦国時代の記録もある古いものです。
1394~1428年の間に、紀伊国の出身者が熊野権現を主格として紀伊半島にある熊野三社を含む十二ヶ所の権現に勧請して宮を建てたことから十二社として知られています。
その後、太田道灌や徳川家康によって社殿が修理された記録があります。
江戸時代となると、社殿の西に川を堰止めて弁天池を、社殿の北東には滝をつくりました。
正面の大きな池が弁天池です。左下が熊野十二所権現社です。
紅葉や桜、とくに夏の納涼の地として多くの人々が集まるところとなりました。
池の縁に料理屋ができるなど賑わっまた十二相演じることができるという意味から役者の祈願が多かったです。
■ 現代の十二社跡
この地は 東京都新宿区西新宿の「新宿中央公園」周辺 にあたります。
熊野神社自体は今も残っており、「新宿十二社熊野神社」として地域の守り神であり続けています。
かつての大池は埋め立てられています。
公園内には「十二社池跡」を示す碑が建てられて、広重の浮世絵が紹介されています。
周囲には高層ビル群が立ち並び、江戸の頃とは大きく様変わりしました。
境内の社殿や石碑を訪ねれば、当時の面影を偲ぶことができます。
■ 観光ガイドのおすすめポイント
①新宿十二社熊野神社参拝
本殿をはじめ、境内には江戸時代から伝わる石碑や社が残り、広重が描いた「十二社」の歴史を体感できます。
②新宿中央公園散策
かつての池があった場所は公園として整備され、広い緑地と噴水広場は憩いの場になっています。
浮世絵を片手に歩けば、江戸と現代の景観の対比を味わえます。
③周辺の観光スポット
すぐ近くには東京都庁や高層ビル群が立ち並び、都庁の展望台(無料)から新宿全体を一望することができます。
江戸の郊外の信仰地が、いまや日本最大のビジネス街に変貌した様子を実感できます。

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