神奈川沖浪裏

浮世絵

葛飾北斎の浮世絵、「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」について説明する。

この浮世絵は現在の神奈川県横浜市神奈川区の沖合である。
英名はThe Great Wave off Kanagawaである。

横大判錦絵で「凱風快晴」「山下白雨」と合わせて三大役物と呼ばれる。

傑作で、画業全体を通して見ても最も広く世界に知られている代表作である。

浮世絵の構図は、凶暴なまでに高く激しく渦巻く波濤と、波に揉まれる3艘の舟である。
それらを目の前にしつつ、うねる波間から遥か彼方にある富士の山を垣間見るという劇的な構図をとっている。

詳細は一筋一筋の水の流れ、波濤のうねり、波に沿わせた舟の動き、富士山のなだらかな稜線といったものはすべてである。
幾重にも折り重なる対数螺旋の構成要素となっている。

この浮世絵の三艘の船は押送船と呼ばれれる。
正確には高速船(八丁櫓船)、江戸に海産物を運ぶ際に利用されたものである。

東京湾で神奈川の対岸にあたる木更津の沖合付近から富士山を望んだという説がある。

高速船はどの船にも八人の漕ぎ手が乗っていおり、交代の漕ぎ手が船の前側で休んでいる。
推定平均速度は時速12km程度と思われる。

嵐の中遠景に見える富士山は、どっしりとした不動の富士山である。
波が押し寄せてくる瞬間をとらえた、鷹の爪のような波頭の迫力がこの作品の魅力である。

荒れ狂う海の中、高速船を必死に漕ぐ人々がいる。
その原型といわれるのが北斎45歳頃のこの浮世絵で「おしをくり はとう つうせんのづ」である。

構図はやや上から俯瞰で見下ろしている。「おしをくり はとう つうせんのづ」と比べて「神奈川沖浪裏」は真横からの視点で描いる。

今にも飲み込まれそうな小舟、静かに聳える富士山の存在感と合わさり、見る者に大波が勢いよく迫ってくる感覚を与えます。

この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。

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