
歌川広重-名所江戸百景-108-冬-深川州崎十万坪 解説
現在の住所:江東区 洲崎・豊洲付近
緯度経度 :緯度:35.6580 経度:139.8005
出版 :1857年5月 年齢:61歳
観光ガイド風解説:「深川州崎十万坪」
■はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』には、江戸の町だけでなく、その周辺の自然や行楽地も多く描かれています。
「深川州崎十万坪」は、深川の南端、現在の江東区洲崎付近を舞台とした一図です。
海辺の広大な干潟を背景に、江戸の人々が潮干狩りや散策を楽しむ姿が描かれています。
庶民にとって、海の幸と自然を満喫できる絶好のレジャースポットでした。
■州崎十万坪とは
現在の江東区木場から東陽町の南方、東京湾に面した地域が「州崎」と呼ばれました。
その中でも「十万坪」と称された一帯は、広大な干潟で知られています。
「十万坪」という名称は、この干潟がきわめて広大で、十万坪(約33万平方メートル)にも及ぶと喩えられたことに由来します。
潮干狩りや釣り、海辺の散策を楽しむ人々で賑わい、江戸庶民にとっては身近な観光地でした。
特に春から夏にかけての潮干狩りは、家族連れや仲間同士で出かける人気の遊びでした。
■絵の見どころ
雪の降り積もった荒涼とした大地の上空に大きな鷲が飛んでいる。
深川をこの鷲の視点から眺望していて、遠方には筑波山が見えます。
洲崎は海浜沿いに弁財天が祀られたところで、初日を拝む名所とされました。
墨陀川(墨田川)干潟とも呼ばれた十万坪は、江戸市中の塵芥(じんかい:ごみ・ちり・ほこり)を埋めるところで、芦萩(蘆荻:ろてき)の生い茂る湿地でした。芦萩とは水辺に群生するアシ(葦・蘆)とオギ(荻)の総称です。
1723年に町人近江屋千田庄兵衛と伊籠屋万蔵が三年がかりで開拓しました。
海風が非常に強く、江戸時代は人の住めるところではありませんでした。
幕府は鋳造所を設けましたが、結局不便なために廃止されました。
その後、松平薩摩守、1796年には一橋家の所有となりました。
■現代の深川州崎
干潟は明治以降の埋め立てによって姿を消し、現在は江東区洲崎・南砂町周辺の住宅地・工場地となっています。
洲崎一帯には「洲崎弁天」が祀られており、海の安全を願う信仰の場として栄えました。
現在も洲崎神社として残り、地域の人々に親しまれています。
干潟そのものはありませんが、周辺の地名や洲崎神社を訪れることで、江戸の海辺の賑わいを想像することができます。
■観光ガイドのおすすめポイント
①洲崎神社参拝
江戸時代から続く弁天信仰の名残を体感できます。
②木場・深川エリア散策
かつて材木の町として栄えた木場や、深川江戸資料館を訪れると「海と江戸の生活」のつながりを理解できます。
➂隅田川クルーズ
舟に乗って川から東京湾に向かうと、江戸庶民が体験した「舟遊び」や「潮干狩りへの旅路」を追体験できます。

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