浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 106-冬 御厩河岸  解説

歌川広重 名所江戸百景 御厩河岸  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-106-冬-御厩河岸  解説
              
現在の住所:台東区 御厩河岸付近 
緯度経度 :緯度:35.7090 経度:139.7980
出版   :1857年12月  年齢:61歳

御厩河岸(おんまやがし)観光ガイド風解説:「御厩河岸」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の四季と風物を鮮やかに描き出した全119図の大シリーズです。
その中の「御厩河岸」は、隅田川沿い、浅草付近にあった河岸地を描いた一図です。
川に面したこの一帯は、江戸の物流の要所でありながら、浮世絵ではのどかな川辺の風景が印象的に切り取られています。
広重は、江戸の「働く河岸」と「遊ぶ河岸」の両面を象徴するように、川と人々の営みを調和させた景観を表現しました。

■御厩河岸とは
御厩河岸は、浅草の隅田川西岸にあった河岸地です。
現在の東京都台東区花川戸・駒形周辺にあたります。
ちょうど駒形堂や吾妻橋の近くに位置しています。

「御厩」の名称の由来は、江戸幕府の御厩(馬屋)が近くに置かれていたことにあります。
幕府の馬は重要な交通・軍事資源であり、御厩に関連する施設が浅草近くに設けられていました。
江戸時代の「河岸」は、船着き場兼市場として機能していました。
御厩河岸もまた、隅田川舟運の拠点のひとつで、物資の積み下ろしや人々の往来でにぎわいました。

■絵の見どころ
元禄の頃までは、将軍の「御馬屋」があったことにちなみます。
遠方にみえるのは、幕府米蔵の一番蔵に近い三好町河岸です。
幕府直轄地から舟で運ばれたものを陸上げし、貯蔵したところです。
舟に乗る赤い帯、藍染の手拭という身なりの二人は、本所吉田よたか町のあたりを住みかとした夜鷹です。
夜鷹は娼婦としては一番身分が低いです。
江戸末期には四千人いたといわれています。
顔を真っ白に白塗りして顔を隠し、寒夜でもむしろ一枚抱えて往来で客を引いていました。
供の男は妓夫(ぎふ/ぎゅう)と呼ばれ、夜鷹に居候して護衛や客引きの担当です。
日が暮れて、本所と浅草をつなぐ船渡しで仕事にむかうところです。

目の前が御厩河岸の渡しで、墨田川の夕方の景色です。
右の手前の木が柳で、奥は常盤樫の木です。

■現代の御厩河岸周辺
現在、「御厩河岸」という名称は公式には残っていません。
浅草・駒形橋周辺がその跡地とされています。

駒形堂は隅田川沿いにある小堂で、河岸の目印的存在です。
浮世絵にもしばしば描かれています。

吾妻橋・駒形橋は隅田川にかかる橋で、現在も多くの人が行き交います。
水上バス乗り場は今では観光用の水上バスの発着場が設けられ、江戸の舟運の名残を体験することができます。

■観光ガイドのおすすめポイント
①浅草観光との組み合わせ
御厩河岸跡を散策した後、すぐ近くの浅草寺や仲見世通りを楽しむのがおすすめ。江戸情緒を肌で感じられます。

②隅田川クルーズ
広重の描いたような川景色を体験するなら、水上バスや屋形船に乗ってみるとよいでしょう。

➂駒形どぜう(どじょう)料理
河岸文化にちなんで、近隣の老舗「駒形どぜう」で江戸の味を堪能するのもおすすめです。

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