浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 86-秋 紀乃国坂赤坂溜池遠景  解説

歌川広重 名所江戸百景 紀乃国坂赤坂溜池遠景  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-86-秋-紀乃国坂赤坂溜池遠景  解説
              

現在の住所:港区 紀尾井町・溜池 
緯度経度 :緯度:35.6780 経度139.7376
出版   :1857年9月  年齢:61歳

観光ガイド風解説:「紀の国坂赤坂溜池遠景」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の名所と庶民の暮らしを四季折々に描いた大作浮世絵シリーズです。
その中で「紀の国坂赤坂溜池遠景」は、江戸の都市風景と郊外の自然美を融合させた一枚です。
現在の東京都港区赤坂あたり、溜池山王エリアを描いたこの絵は、都市と自然が近接していた江戸の姿をよく伝えています。
広重は、坂の上から赤坂溜池を遠望し、その先に連なる山々や町並みを構図に収めました。
当時の人々が行き交った街道風景と、背景の大らかな自然が、江戸ならではの景観として描かれています。

■ 紀の国坂と赤坂溜池とは
「紀の国坂」とは、赤坂から紀州徳川家の江戸屋敷へ通じる坂道のことです。
紀州藩邸の位置にちなみ、この名が付けられました。
坂は赤坂御門から溜池方向へと続き、江戸時代には交通の要所でした。

赤坂溜池は江戸城の外堀の一部として築かれた巨大な人工池です。
周囲は田畑や武家屋敷に囲まれていました。
現在の「溜池山王」という地名にその名が残っていますが、池自体はすでに埋め立てられています。
かつては舟遊びや涼を楽しむ場所で、広重が描いた当時の景観は、江戸の「都会の水辺風景」の象徴でした。

■ 絵の見どころ
紀の国坂の由来はこの坂の左側にあった紀州徳川家の屋敷による。
赤坂の由来は諸説あり、 その1、茜草が生い茂っていたから。その2,この土地が赤かったため。その3、染物屋甚三が赤い染め物をこの辺りの坂に干していたから等といわれています。
 描かれているのは溜池ではなく弁慶堀です。
1624間~1644年の寛永年間に弁慶小左衛門が江戸城防衛のために造った人造池です。
左側に弁慶堀があり、 紀の国坂を挟んで右側は紀州徳川家の屋敷です。
この行列は一列しか描かれていませんが、画面の外にもう一列あります。
先頭は毛槍を持った足軽で、後方にも飾り鞘を付けた槍持ちが描かれています。
弁慶堀には釣りを禁止する制札が立っています。
遠方には赤坂の町並が並んでいます。
中央と右に火の見櫓が見えます。

■ 現代の紀の国坂・赤坂エリアを歩く
現在の溜池山王駅周辺は高層ビルが立ち並び、官庁街やビジネス街として発展しています。
かつての赤坂溜池は跡形もありませんが、地名が歴史を伝えています。
紀の国坂の名の由来となった紀州藩邸は、現在の赤坂御所にあたります。
外苑の緑豊かな景観は、往時の武家屋敷の風格を想起させます。
現代ではビル群に遮られていますが、当時は赤坂見附から坂を下ると水面が広がり、遠くの山々が見渡せました。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①赤坂見附・溜池山王散策
江戸城外堀や溜池の歴史を感じられるスポットです。
周辺の石垣や地形に江戸の痕跡が見つかります。

②赤坂氷川神社
赤坂エリアの中心的な古社で、江戸時代から庶民や武家に篤く信仰されました。
溜池周辺散策とあわせて訪れると、江戸文化をより深く体験できます。

③歴史碑や地名探索
「溜池山王」「赤坂見附」など、地名そのものが江戸の歴史を今に伝えています。
ビル街に点在する案内板や史跡表示を巡るのもおすすめです。

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