歌川広重-名所江戸百景-74-秋-市中繁栄七夕祭  解説

歌川広重- 所江戸百景 市中繁栄七夕祭  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-74-秋-市中繁栄七夕祭  解説
              

現在の住所:中央区 日本橋〜京橋周辺 
緯度経度 :緯度:35.6805 経度139.7744
出版   :1857年7月   年齢:61歳

観光ガイド風解説:「市中繁栄七夕祭」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の名所や四季の風景を描き出した連作版画です。
その中で「市中繁栄七夕祭」は、江戸の町人文化を鮮やかに伝える夏の一図です。
ここには川辺や寺社ではなく、まさに 江戸の町そのもの が主役として描かれています。

広重は、町屋の軒先に飾られた七夕飾りを大きく配し、商家の繁栄と町人のにぎわいを色鮮やかに表現しました。
江戸庶民が心待ちにした年中行事「七夕祭」の熱気と華やかさを伝える貴重な作品であり、
当時の祭礼と商業が一体となった姿を垣間見ることができます。

■ 七夕祭とは
七夕は、中国の織姫・彦星の伝説に由来し、日本では奈良時代に伝わった行事です。
江戸時代には五節句のひとつ「七夕の節句」として、庶民にも広く親しまれました。

江戸では特に町人層が盛んに七夕飾りを行い、商家は軒先に笹竹を立て、短冊や飾り物を吊るしました。
華やかな飾りつけは、商売繁盛を祈ると同時に、町の繁栄を誇示する場でもあったのです。

農村では五穀豊穣や機織りの上達を祈る行事でしたが、江戸の町では「華やかな夏祭り」としての性格が強くなり、家族で楽しむ風物詩になりました。

■ 絵の見どころ
七夕は中国から伝わった星祭の伝説です。
牽牛(彦星)と織姫は夫婦でしたが、織姫は遊興し機織りを怠ったのを天帝に見つかり夫の牽牛との仲を裂かれてしまいます。
その後年に一回七月七日に天の川で再会することが許されたました。
日本には奈良時代に伝来し、江戸時代には五節句 の一つに数えられます。
武家社会から町人層に広まりました。
広重が晩年住んでいた大鋸(おが)町の自宅の物干し場からの眺めといわれています。
七夕の日、江戸の家々には竹に結ばれた色紙の吹き流し、 ひょうたん、杯、スイカ、大福帳、そろばんなどが飾られています。
中央に富士山、中央の右には江戸城が描かれています。
中景には江戸城、遠景に富士山が描かれています。江戸城の下に火の見やぐらがあります。
目の前には物干し、椅子、浴衣が見えます。その先に蔵屋敷が多数あります。

■ 現代に残る七夕祭
現在でも浅草・かっぱ橋本通りなどでは七夕まつりが行われ、商店街のアーケードに笹飾りや提灯が飾られます。
広重の浮世絵さながらに、通りを歩く人々がその下をくぐり抜ける光景は、江戸から現代に続く伝統を感じさせます。

東北の仙台七夕が竹飾りを豪華に彩るのに対し、江戸の七夕は「町ごとの賑わい」が特徴でした。
華やかさよりも生活に密着した飾りが多く、江戸庶民の身近な行事だったのです。
現代でも七夕の風習は健在です。
短冊に願いごとを書き、笹に吊るす行為は、江戸の人々が行ったことと本質的に変わりません。

■ 観光ガイドとしてのおすすめポイント
①江戸東京博物館・国立博物館の浮世絵展示
広重の「市中繁栄七夕祭」を実際に観られる展示もあります。
原画を通して当時の色彩や細部を堪能しましょう。

②下町の七夕まつり散策
浅草や谷中などでは七夕行事が残っています。

③短冊体験ワークショップ
七夕の季節には各地で短冊書き体験が開催されています。

コメント

Translate »
error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました