
歌川広重-名所江戸百景-116-冬-高田の馬場 解説
現在の住所:新宿区 高田馬場
緯度経度 :緯度:35.7125 経度:139.7036
出版 :1857年2月 年齢:61歳
観光ガイド風解説:「高田の馬場」
■はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の名所を四季の風景とともに描いた浮世絵シリーズです。
その中で「高田の馬場」は、江戸郊外の広々とした風景を舞台に選んだ作品です。
武士の稽古場としての厳しさと、周囲の自然豊かな環境が同居する一図です。
都市的な風景が多いシリーズの中で、広重が江戸の郊外性を強調した点がユニークです。
当時の人々にとっても「少し遠出をした気分を味わえる」題材です。
■高田の馬場とは
高田馬場は、1636年、三代将軍徳川家光の命により、馬術稽古や武芸鍛錬のために設けられました。
江戸市中からほど近い戸塚村の高台に位置し、武士たちの「公式訓練場」として利用されました。
現在の東京都新宿区高田馬場周辺です。
早稲田大学や高田馬場駅の周辺一帯がその旧跡にあたります。
武家社会において馬術は必須の技能とされ、ここで武士たちは乗馬や弓術、槍術の訓練を行いました。
江戸庶民にとっては、稽古の様子を見物できる娯楽の場でもありました。
■絵の見どころ
馬場は武士が弓術や馬術を訓練した場所で、江戸時代には旗本たちの調場のため数多く設けられた。
左半分に大きく描かれる革張りの丸い的めがけて、弓を引く人々が描かれています。
的を射抜かないよう、矢尻は布でくるまれていました。
的の手前の松は、北側に植えられた風よけのための松の一本です。
奥の馬場では二人の人物が乗馬をしています。
遠くにはすっかり雪を被った真っ白な富士山を望めます。
高田の馬場は、もともと家康の六男忠輝の生母高田殿が開いた芝生の庭園だったと伝えられています。
馬場は1636年に完成し、多くの馬場が廃止され武家地や町地になった中でも幕末まで継続されました。
■現代の高田馬場を歩く
現代は学生街・商業地としてにぎわい、特に早稲田大学の門前町として若者文化の拠点となっています。
高田馬場には「高田馬場碑」が残され、かつてここが馬術稽古場であったことを今に伝えています。
馬場周辺の地名や史跡をめぐることで、江戸時代の武士の訓練場の雰囲気を現代に重ねることができます。
■観光ガイドのおすすめポイント
①史跡探訪
「高田馬場碑」や「高田馬場決闘の碑」を訪ねれば、江戸の歴史を肌で感じられます。
②学生街グルメ
現代の高田馬場は多国籍料理店が集まる食の街です。歴史散歩と合わせて楽しめます。
③文学とのつながり
夏目漱石や川端康成など、文学作品にも登場するエリアとして文学散歩にもおすすめです。

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