浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 87-秋 四ッ谷内藤新宿  解説

歌川広重 名所江戸百景 四ッ谷内藤新宿  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-87-秋-四ッ谷内藤新宿  解説
              

現在の住所:新宿区 四谷周辺 
緯度経度 :緯度:35.6895 経度139.7100
出版   :1857年11月  年齢:61歳

観光ガイド風解説:「四ッ谷内藤新宿」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の町と自然、庶民の暮らしを鮮やかに描いた全119図の大シリーズです。
その中の一枚「四ッ谷内藤新宿」は、江戸と甲州道中(現在の甲州街道)を結ぶ宿場町「内藤新宿」を描いた作品です。
江戸の中心地・日本橋から数えて最初の宿場町で、旅人や商人で賑わった街道の風景が浮かび上がります。
広重はここで、江戸の玄関口としての新宿と、周囲に広がる自然豊かな田園風景を巧みに対比させています。

■ 四ッ谷・内藤新宿とは
内藤新宿は、江戸から甲府・下諏訪へと通じる甲州街道の最初の宿場町でした。
その名は、かつてこの一帯にあった内藤家の屋敷跡に宿場が開設されたことに由来します。
日本橋から数キロしか離れていない立地ですが、江戸の外れとして公認された宿場です。
江戸から出発した旅人が最初に休む場所として利用されました。
内藤新宿は宿泊だけでなく、飯盛女(遊女)が多く置かれたため、遊興地としての色合いも濃く、江戸庶民の娯楽地のひとつです。

■ 絵の見どころ
半分を占める馬の後ろ姿が印象的な構図です。
路上に転がる丸い物体は馬糞です。
左には旅籠屋が多数描かれています。
ここ構図は、この土地を象徴しています。

甲州街道の最初の宿を内藤新宿といいました。
古来内藤家の敷地だったのですが、家来に賜った一部の土地が町屋となりました。
1689年に宿場が置かれました。
ここを通過する大名は非常に少なかったです。私娼である飯盛女が沢山居たため、江戸の他の宿(品川・千住・板橋)とともに岡場所として栄えました。

■ 現代の四ッ谷・新宿を歩く
新宿御苑は、江戸時代に内藤家の屋敷があった場所です。
現在は広大な庭園として一般公開されています。
春の桜や秋の紅葉は特に有名で、江戸から続く自然の名残を感じることができます。
新宿駅周辺は、今や世界有数の繁華街となった新宿です。
四ッ谷見附跡は、江戸城防衛のための外堀の門でした。
今も石垣の一部が残り、当時の城下町の姿を偲ぶことができます。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①新宿御苑散策
江戸の大名庭園の名残を持つ新宿御苑は、四季折々の美しい景観が楽しめます。
内藤新宿の歴史を学ぶにも最適です。

②甲州街道ウォーク
新宿から高尾方面へ続く甲州街道を少し歩くだけでも、江戸からの旅路の雰囲気を追体験できます。

③歴史案内板めぐり
新宿周辺には、内藤新宿跡や甲州街道に関する案内板が設置されています。
歴史散策と現代の街歩きを組み合わせると、浮世絵の風景が一層鮮やかに浮かびます。

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