浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 70-夏-綾瀬川鐘か渕  解説

歌川広重 名所江戸百景 綾瀬川鐘か渕   解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-70-夏-綾瀬川鐘か渕  解説
              

現在の住所:墨田区 鐘ヶ淵 
緯度経度 :緯度:35.7330 経度139.8290
出版   :1857年7月   年齢:61歳

観光ガイド風解説:「綾瀬川鐘ヶ淵」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、幕末の江戸の風景を鮮やかに切り取った名シリーズです。
その中の一図「綾瀬川鐘ヶ淵」は、隅田川の東岸に位置する鐘ヶ淵周辺と、そこに流れ込む綾瀬川を描いた作品です。
広重は、江戸郊外ののどかな水辺の風景を、季節感とともに詩情豊かに表現しています。

鐘ヶ淵は、江戸時代から川遊びや景勝地として知られた場所で、また「鐘の音」にまつわる伝承や物語も多く残る地域でした。
作品には、江戸の中心部とは一味違う、下町の穏やかで素朴な空気が漂っています。

■ 鐘ヶ淵とは
「鐘ヶ淵」の名は、昔この地にあった寺の鐘が川に落ち、それが水中に沈んだ淵に由来するという説があります。
鐘の音が水面に響いたとも伝えられ、どこか幻想的な響きを持つ地名として親しまれました。
鐘ヶ淵は隅田川の流れの中でも深い淵をなす場所で、夏には水遊びや釣りを楽しむ庶民の憩いの地でした。
また、川岸の柳や桜が美しく、季節ごとの散策スポットとして人気を集めていました。
この地には「鐘にまつわる伝承」が多く残り、江戸庶民の想像力をかきたてました。

■ 綾瀬川とは
綾瀬川は埼玉から流れ、隅田川に合流する川です。
江戸時代には農業用水や舟運に利用され、人々の生活を支える大切な川でした。
木材や農産物の輸送路として機能し、川岸には船着き場や商いを営む人々の姿が絶えませんでした。
鐘ヶ淵周辺もそうした物流の拠点として活気を帯びていました。

■ 絵の見どころ
隅田川、荒川、綾瀬川の合流する三又の地点を鐘ヶ淵と呼びます。
鐘の由来にはさまざまあります。
浅草橋場の長昌寺が1341年から1341年頃に大洪水で流された。
豊島刑部の戦用の陣鐘が沈んだ。
普門院が隅田川右岸から亀戸村に移転の時に落とした。
1716年から1736年頃に将軍吉宗が鐘の引き上げを命じた。
川底に渦がまいて危険であったので断念したと伝えられる。

左上に大きく描かれているのは合歓(ねむ)の木です。
合歓の木は、暑さが本格化する小暑の頃に淡い紅を帯びた花が咲きます。
合歓の木の名称は、夜になると複葉の葉が眠るように閉じることから、ねぶりのき、ねぶ、ねむなどとよばれました。
手前には荒川が流れ、その先には綾瀬川が見えます。
手前には大きく描かれた筏が移動する様子を描いています。

■ 現代の鐘ヶ淵
現在も「鐘ヶ淵」の地名は残り、東武伊勢崎線(スカイツリーライン)の鐘ヶ淵駅が最寄り駅です。
下町情緒あふれる住宅街として親しまれています。

現代の隅田川や綾瀬川は治水工事が進み、江戸時代の面影は薄れています。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①鐘ヶ淵駅周辺散策
昔ながらの商店街や住宅街が広がり、下町の暮らしに触れられます。

②隅田川沿いの散歩
川風を感じながら歩けば、広重が描いた穏やかな川景色を追体験できます。
桜の季節は特におすすめです。

③浅草からの小旅行
浅草から電車やバスですぐの距離なので、観光の合間に江戸郊外の雰囲気を楽しめます。

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