
歌川広重-名所江戸百景-68-夏-みつまたわかれの渕
現在の住所:墨田区 向島付近
緯度経度 :緯度:35.7160 経度139.8130
出版 :1857年2月 年齢:61歳
観光ガイド風解説:「みつまたわかれの渕」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の四季や町の姿を豊かに描いた全119図の大シリーズです。
その中で「みつまたわかれの渕」は、江戸の水辺の風景を象徴する一枚です。
複雑に入り組む川の分岐点を題材とし、川面に広がるゆったりとした景観と、そこで営まれる人々の暮らしを伝えています。
江戸は「水の都」とも呼ばれるほど運河や川が発達していましたが、この「みつまたわかれの渕」は、まさにその象徴的な場所のひとつでした。
■ 「みつまたわかれの渕」とは
「みつまた」とはその名の通り、川が三つに分かれる地点を指します。
隅田川の支流と運河が交わる江東の一帯に位置し、江戸の物流や人の往来において重要な役割を果たしました。
江戸時代の都市は陸路よりも水路が発達しており、材木や米、魚介類などの物資は船で運ばれました。
「みつまたわかれの渕」は、そうした水上交通の要衝として、多くの船が行き交う地点でした。
そのため、橋や川沿いの河岸地には商家が並び、活気ある雰囲気が広がっていました。
■ 絵の見どころ
幕末には葦の生える湿地帯でしたが、一大歓楽街がした。
1771年に大川の中洲新地の埋め立てが完成しました。
1775年には九十三軒茶屋の他に料理屋、湯屋などがあり、ここの影響で両国界隈が寂しくなったといわれた。
しかし隅田川上流でたびたび洪水が起こったために幕府は1789年にここを取り壊ました。
歓楽街が取り壊されてから68年後の姿です。
右側の屋敷は磐城平藩主安藤長門守の上屋敷です。
左側には田安徳川家の下屋敷です。
その先は日本橋川であります。
手前の舟は高瀬舟でその先は2艘の茶船です。
佃島で荷を積み替えて川を遡るところです。
三俣の先には釣り舟や納涼船、荷足舟などが見られます。
■ 現代の「みつまたわかれの渕」を歩く
都市開発によって地形が大きく変わり、当時のような三つに分かれた渕は残っていません。
しかし、隅田川や小名木川、大横川といった水路は今も健在で、遊歩道や親水公園として整備されています。
特に小名木川沿いの散策路は「水辺の小径」と呼ばれ、当時の水運の要衝を感じさせるエリアです。
橋の上から川を眺めれば、広重が描いた水の流れを重ね合わせて楽しむことができます。
■ 観光ガイドのおすすめポイント
①隅田川テラス
江戸から東京へと続く川辺の散策路です。
桜並木や川辺の風景が楽しめ、浮世絵の世界に浸れます。
②小名木川クローバー橋
小名木川と大横川が交わる地点にあるユニークな橋です。
水路が複雑に分岐する地形を実感できます。
③深川江戸資料館
江戸時代の深川の町並みを実物大で復元しています。
船宿や商家の暮らしが体感でき、「みつまたわかれの渕」の背景を知るのに最適です。

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