
歌川広重-名所江戸百景-59-夏-逆井のわたし 解説
(さかさい)
現在の住所:江東区亀戸9丁目 逆井橋
緯度経度 :緯度:35.7240 経度139.8600
出版 :1857年2月 年齢:61歳
解説
<1> はじめに
「逆井のわたし」は、現在の東京都江戸川区と千葉県市川市を結ぶ小松川付近に存在した渡船場を描いた作品です。
「渡し」とは橋の代わりに船で人や荷物を運ぶ仕組みのことす。
江戸時代の交通に欠かせないインフラでした。
逆井の渡しは江戸市中と房総方面を結ぶ要衝であり、多くの旅人、物資、そして庶民の暮らしを支えました。
のどかな水辺の光景の中に、江戸の交通の一端を鮮やかに切り取っています。
<2> 逆井の渡しとは
逆井の渡しは、現在の江戸川区小松川あたりから市川方面へ渡る地点にありました。
江戸川(旧中川・荒川水系)を横断する渡船場で、房総方面への入口として重要視されていました。
水と深い縁を持つ地域であったことが分かります。
江戸の町と房総半島を結ぶ物資輸送路として機能しました。
とくに農産物や海産物を江戸へ供給するための物流ルートです。
庶民にとっては房総への小旅行や寺社参詣の際に利用される身近な交通手段でした。
<3> 絵の見どころ
川面を大きく描き、そこを横切る渡船を堂々と表現しています。
のどかな水辺の広がりは、江戸の郊外らしい穏やかな空気を漂わせています。
船に乗り込む旅人や、岸辺に立つ庶民の姿から、渡船がいかに生活に密着していたかが感じられます。
大名行列や商人の荷船だけでなく、農民や参詣客など幅広い層に利用されていました。
背景には田畑や樹木が広がり、江戸の都市部とは異なる郊外の風景がのびやかに描かれています。
晴れた日には房総の山並みが見え、旅立ちの高揚感を演出していたことでしょう。
隅田川の東方にほぼ並行に流れる中川を、下流に向かって描いていました。
隅田川と中川がぶつかったところが、右奥に見える逆井の渡しです。
右外では竪川が合流しているはずです。
対岸は小松川村です。
ここからさらに陸路を東へ向かうと市川経由で下総国佐倉へ行けます。
手前には五羽の白鷺が葦の茂みに飛来し、のどかな雰囲気をよく表しています。
逆井という地名は、江戸湾が満潮になるとこの辺りまで水が逆流したことに因ると言われています。 4> 現代の亀戸天神
<4>現代の「逆井の渡し」跡
現在、逆井の渡しは廃止されています。
江戸川区小松川と市川市を結ぶ「小松川大橋」や「京葉道路」がその交通の役割を担っています。
渡し場跡は史跡として一部に石碑が建てられています。
江戸時代の交通の名残を感じることができます。
周辺には小松川親水公園や江戸川の散策路が整備されています。
<5> 観光ガイド
①小松川親水公園散策
江戸川沿いの親水公園は自然豊かで、当時の渡し場の面影を感じることができます。
春の桜並木や秋の紅葉も見どころ。
②市川・国分寺
渡しを越えた先にある古刹です。
奈良時代創建の歴史ある寺院で、江戸庶民も信仰の対象としました。
➂善養寺(影向の松)
小松川側にある名刹で、樹齢600年を超えるクロマツは圧巻です。
渡しと寺社巡りを組み合わせれば、江戸の参詣旅の気分を味わえます。

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