歌川広重-名所江戸百景-64-夏-水道橋駿河台  解説

歌川広重 名所江戸百景 水道橋駿河台  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-64-夏-水道橋駿河台 解説
           
現在の住所:千代田区 駿河台 
緯度経度 :緯度:35.6995 経度139.7630
出版   :1857年5月   年齢:61歳

解説
観光ガイド風解説:「水道橋駿河臺」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の景観を四季折々に描き出した名作シリーズです。
今も江戸文化を理解する上で欠かせない資料です。
神田川に架かる水道橋の周辺と、背後にそびえる駿河臺を描いたものです。

■ 水道橋とは
水道橋はその名の通り、江戸の生命線である上水道と密接に関わる橋です。
江戸時代初期、神田川を跨いで架けられた木樋を支えるために造られたのが始まりです。

神田上水の水を江戸市中に送るための施設であり、人々の生活を支える重要なインフラでした。
やがて橋は人々の往来を支える役割も担い、武家屋敷や町人地を結ぶ交通の要所となりました。
江戸の人々にとって「水道橋」は、生活の基盤と都市交通の両面で欠かせない存在でした。

■ 駿河臺とは
駿河臺は、神田川北岸の台地で、江戸城の外郭に位置する武家屋敷地でした。
江戸開府以来、多くの大名屋敷が置かれた由緒ある土地です。
名前の由来は、徳川家康が駿河から江戸に入った際、この台地を「駿河臺」と呼んだことが伝えられています。
幕末から明治にかけては、ここに大学や学問所が設置され、近代以降は「御茶ノ水」と並ぶ学問の街へと発展していきます。
今では日本大学や明治大学などが立地し、学生街の雰囲気に満ちています。

■ 絵の見どころ
江戸城内まで運ぶ上水の懸樋が神田川に架かっていために付いた名称です。
駿河台は元は「神田の台」という丘陵地でした。
江戸湾を埋め立てるためにここの土地が切り崩されなだらかな地になりました。
後に駿河国にいた徳川家の家臣を移住させた場所です。
本郷台の武家屋敷で端午の節句を祝う鯉幟(こいのぼり)が、前景に大きく描かれています。
神田川に架かるのは水道橋で、地名の起こりの懸樋があった橋は画面には見えません。
鯉幟の下あたりです。
中景の川の対岸の駿河台には武家屋敷が多く、遠景には富士山が描かれています。
左中央には江戸城が描かれています。

■ 現代の水道橋・駿河台を歩く
水道橋は、JR総武線と三田線の駅名として広く知られています。
駅周辺には東京ドームシティがあり、娯楽と観光の中心地として賑わっています。
一方で、神田川沿いには遊歩道が整備され、川と橋の景観を楽しむことができます。

駿河台一帯は「お茶の水」の一部として発展し、学園都市・医療の街として有名です。
聖橋や御茶ノ水橋からの眺めは絶景で、広重の描いた景観を現代に重ねて味わうことができます。

また、神保町の古書店街や楽器街が近く、文化的な散策ルートとしても楽しめます。
学問・芸術・娯楽が共存するこのエリアは、江戸時代の伝統を現代に引き継いでいます。

■ 観光ガイドのおすすめポイント
①神田川クルーズ
江戸の水運を支えた神田川を、今は船で巡ることができます。川面から見上げる橋や建物は、まさに浮世絵の再現。

②神保町古書店街散策
書物の街・神保町は、駿河台散策の延長でぜひ訪れたいスポットです。
江戸の学問の伝統が、本の街として現代に続いています。

③湯島聖堂・神田明神参拝
学問と商売繁盛の神社仏閣が至近距離にあり、江戸人の信仰と文化を今も体感できます。

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