歌川広重-名所江戸百景-51-夏-佃しま 住吉乃祭 解説

歌川広重 名所江戸百景 佃しま 住吉乃祭  名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-51-夏-佃しま 住吉乃祭 解説

現在の住所:中央区佃1丁目 住吉神社 

緯度経度 :緯度35.6668:経度139.7866

出版   :1857年7月  年齢:61歳

解説

<1> はじめに

「佃しま 住吉乃祭」は、江戸湾に面した漁師町・佃島で行われた住吉神社の祭礼を題材にしています。

海とともに生きた江戸庶民の暮らしと、華やかな祭りの熱気を感じられる作品であり、江戸人の娯楽と信仰が一体となった文化を鮮やかに伝えています。

<2>佃島と住吉神社

佃島は17世紀初頭、摂津国(大阪)佃村の漁師たちが徳川家康に仕え、江戸に呼ばれて住み着いたのが始まりです。

江戸湾の漁業権を与えられた彼らは、白魚漁で名を馳せ、江戸の食文化を支えました。

佃島の人々が故郷の信仰を持ち込み、建立したのが住吉神社です。

摂津住吉大社の分霊を祀り、航海安全・漁業繁栄を祈願する場として島民に篤く信仰されました。

祭礼は特に盛大で、江戸の三大祭りに匹敵する賑わいをみせました。

<3> 絵の見どころ

祭りの最高潮の場面を描いています。

船を模した山車(だし)が担がれ、威勢よく進む姿は迫力満点です。

佃島独自の漁師文化が色濃く表れています。

背景には江戸湾が広がり、佃島の海辺の暮らしを象徴してます。

海と陸の距離が近く、江戸人にとっても海は常に身近な存在だったことが伝わります。

参加者が身につける法被や祭り道具の描写から、祭礼の華やかさと人々の熱気が伝わってきます。

徳川家康により摂州国西成郡佃島村から三十余名が江戸に移住を命じられました。

はじめ日本橋魚河岸周辺に住んでいました。

後に移り住んだのが江戸湾に面したこの島です。

地名も元住んでいた佃島村からとり、同地で信仰のあった住吉大社の分社をここに勧請しました。

この島は隅田川の入り江に位置し、魚貝類が豊富に捕れました。

特に白魚漁は有名で、将軍に献上していました。

毎年夏に行わる住吉神社の祭礼には「住吉大明神」の幟を立て、御輿が海中でも担がれました。

正面の幟に「住吉大明神 安政四年丁巳六月吉日 佃島氏子中」と書かれ、制作年を知ることができます。

隣には祭礼用の提灯が飾られ、沖には釣り舟と威勢のいい御輿の海中渡御が描かれています。

<4> 現代の佃島と住吉神社

現代の佃は中央区佃として高層マンションが立ち並んでいます。

住吉神社は今も島の守り神として鎮座しています。

毎年夏に行われる「住吉神社大祭」は三年に一度の本祭りとして知られ、現在も数万人の人出でにぎわいます。

境内には広重の浮世絵を思わせる祭礼の雰囲気が残っています。

<5> 観光ガイド

①住吉神社

佃島のシンボルであり、江戸から続く漁師町の歴史を今に伝えます。夏の祭礼は特に必見です。

②佃煮発祥の地

佃島は佃煮の発祥地としても有名です。今も老舗の佃煮店が残り、江戸の味を体験できます。

➂佃小橋・石川島

江戸情緒を残す路地や橋からは、近代的な高層ビル群と古い町並みの対比を楽しむことができます。

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