
歌川広重-名所江戸百景-50-夏-増上寺塔赤羽根 解説
現在の住所:港区芝公園4丁目 芝公園より三田1丁目を望む
緯度経度 :緯度35.6586:経度139.7488
出版 :1857年1月 年齢:61歳
解説
<1> はじめに
「増上寺塔赤羽根」は、江戸の代表的な名刹・増上寺を背景に描いた一枚です。
江戸庶民から将軍家に至るまで、信仰の拠点であり、桜や紅葉の名所です。
増上寺は、江戸観光の「定番」として親しまれていました。
広重は、寺院の威容と江戸の景観を巧みに組み合わせることで、信仰と風雅の両面を感じさせる作品に仕上げています。
<2>増上寺と赤羽根とは
増上寺は、浄土宗の七大本山の一つです。
もともとは室町時代の開基で、徳川家康が江戸に入府した際、浄土宗を篤く信仰し徳川家の菩提寺となりました。
以後、歴代将軍6人がここに眠り、江戸における宗教・文化の中心地として発展しました。
増上寺の「塔」とは、増上寺境内に建てられた五重塔を指します。
朱塗りの壮麗な塔は江戸のランドマークとしても知られ、周囲から遠く望むことができました。
当時の江戸っ子にとって、塔の姿は増上寺を象徴するものでした。
作品名に付されている「赤羽根」とは、増上寺周辺の地名です。
現在の港区芝公園から赤羽橋付近にかけての地域を指しており、江戸時代には武家屋敷や町家が立ち並ぶ一帯でした。
広重は、増上寺の塔を背景に、赤羽根の風景を組み合わせて描くことで、寺院と町並みを一体的に表現しています。
<3> 絵の見どころ
絵の中心には、朱色に輝く五重塔がそびえています。
緑の木々や町並みの中に映えるその姿は、まさに江戸を代表する景観のひとつ。
増上寺は、壮大な宗教施設でありながら、町人の生活空間とも隣り合っていました。
絵には往来する人々の姿も描かれ、信仰の場であると同時に、散策や行楽の場でもあったことが伝わります。
広重の構図は、塔を中心に据えつつも、広々とした空や遠くの山並みを描き込んでいます。江戸という大都市にいながら、自然と調和する風景が堪能できるます。
増上寺は広大な敷地のなかに数々の史跡を持つ大寺院です。
手前に大きく描かれているのが、その境内にそびえていた五重塔です。
姫路城主酒井雅楽守の創建で、実際は六階建ての由緒ある塔でした。
戦災のため1945年に焼失しました。
今ではその跡さえ見受けられません。
その塔を越えて赤羽の風景が広がっています。
赤羽川に架かる赤羽根橋の北詰には毎朝魚市が立ちます。
塔の背後からのぞく葦簀張りの小屋がその市です。
橋を渡って辻番所があり、対岸には久留米藩有馬中務大輔の上屋敷があります。
屋敷内には江戸一番の高さを誇った増上寺警備用の火の見櫓があります。
右手の大きな五重塔と赤羽根橋を挟んでちょうど対照的な位置に描かれています。
霞中に垣間見えるのは同じ屋敷内にあった赤羽根水天宮の幟です。
<4> 現代の増上寺を歩く
現在の増上寺は、東京タワーのすぐ隣にあります。
江戸の頃とはまた違った壮観な風景を楽しめます。
境内には徳川将軍家の霊廟があり、歴史ファンにとっては必見の場所です。
春には桜、秋には紅葉が境内を彩り、往時の「江戸の花見場所」としての魅力を今も伝えています。
赤羽根の地名は現存しませんが、「赤羽橋」という地名や駅名にその名を残しています。
作品の舞台を追いながら、芝公園から東京タワー周辺を散策すれば、江戸と現代が交差する感覚を味わえます。
<5> 観光ガイド
①増上寺本堂と徳川将軍家霊廟
徳川家の威厳と信仰の歴史を感じられる場所。霊廟は荘厳な造りで、歴史探訪にぴったりです。
②東京タワーとのコラボ景観
増上寺の五重塔は現存しませんが、現在は本堂越しに東京タワーを望む景観が「新名所」として人気です。
➂赤羽橋界隈
現在は交通の要衝ですが、かつての「赤羽根」の面影を探す散策も楽しめます。

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