歌川広重-名所江戸百景-37-春-墨田河橋場の渡かわら竈 解説

歌川広重 名所江戸百景 墨田河橋場の渡かわら竈  名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-37-春-墨田河橋場の渡かわら竈 解説

         

現在の住所:台東区橋場2丁目付近

緯度経度 :緯度35.7190:経度139.7950

出版   :1857年4月 年齢:61歳 

解説

<1> はじめに

「墨田河橋場の渡かわら竈」は、隅田川東岸の景勝地を描いた一枚です。

渡し舟、川辺の竈(かまど)、そして雄大な隅田川の流れが組み合わされ、生活感と自然とのつながりを映し出しています。

舟運と水辺の暮らしが江戸の経済や文化を支えたことを象徴しています。

<2>橋場とかわら竈とは

現在の台東区橋場・墨田区堤通あたり。隅田川の中流域にあたり、川幅も広く、水運の要衝でした。

渡し場は「橋場の渡し」が設けられ、江戸市中と郊外をつなぐ交通の要として利用されました。

橋の少なかった当時、渡し舟は庶民にとって欠かせない存在でした。

通勤や物資の輸送、観光にも用いられました。

「橋場」という地名は、平安時代から中世にかけてここに橋が架けられていたことに由来します。

江戸時代には橋はなく、かわりに渡し舟が人々を運びました。

「かわら竈(かまど)」は、川辺に設けられた素焼きの竈のことです。

川沿いで舟人や行楽客が湯を沸かしたり、簡単な調理をしたりするための設備です。

<3> 絵の見どころ

隅田川の広い水面を行き交う渡し舟が描かれ、江戸の交通の様子が生き生きと伝わります。

舟に乗り込む人々の姿や、川を横切る動きは、まさに庶民の日常そのものです。

手前の「かわら竈」では、湯気が立ちのぼるような描写が想像されます。

川辺で憩う人々の雰囲気を感じられます。

遠景で川の向こうには関屋の里や田畑が広がり、都市の近郊らしいのどかな風景が描かれています。

奥行きある構図により、江戸と自然のつながりを鮮明に表現しています。

水面の広がりと澄んだ空の色合いが、夏らしい爽やかさを際立たせ、見る者に心地よい涼感を与えます。

遠景には筑波山の特徴的な形を見る。

手前岸は、隅田川山谷堀より北の今戸になります。

今戸では隅田川畔で作っていた土器の瓦や人形が名物として親しまれていました。

画面を分断する灰色の帯は、その竈から立ち上る煙です。

都鳥が飛来する隅田川中景に二艘の渡し舟が見えます。

橋場の渡しは真崎の渡しとも呼ばれています。

隅田川の吾妻橋より上流にあたる浅草橋場町と向島寺島村を結んでいました。

その後ろの森は水神の祀られる水神の森です。

木々の中の社と鳥居がわずかに確認できます。

水神の森は広重が好んで描く名所の一つです。

<4>江戸市民と橋場の渡し

市中から郊外へ移動する際に便利な渡し場として多くの人々が利用しました。

農民が農産物を運び、町人が行楽に出かける場面も多くありました。

橋場周辺は隅田川の景勝地としても知られ、花見や月見、舟遊びを楽しむ人々でにぎわいました。

江戸時代の川辺は俳句や川柳の題材にも好まれました。

「渡し舟」や「竈」といった日常の情景は、文芸の世界でも親しまれた題材です。

<5>現代の面影

台東区と墨田区には「橋場」の地名が残り、当時の渡し場の記憶を伝えています。

現代の隅田川は護岸整備が進み、遊歩道が整っています。

舟遊び体験や屋形船クルーズを通じて、江戸時代の水辺文化を追体験することができます。

周辺には浅草寺や今戸神社などの観光スポットも近く、歴史散策とあわせて訪れると当時の雰囲気を実感できます。

<6>観光ガイド

①橋場エリア散策

現代の「橋場」周辺は住宅地となっています。

川沿いを歩くと広重の構図を思い描けます。

②隅田川テラス

水辺の遊歩道から望む隅田川の景観は、江戸の風情を感じさせる絶好の展望です。

夕暮れ時は特におすすめです。

➂浅草との組み合わせ

橋場は浅草から近いため、観光ルートに組み込みやすく、歴史を感じながら下町歩きを楽しめます。

➃屋形船体験

江戸庶民が楽しんだ舟遊びを現代でも体験できます。

食事や夜景とともに、隅田川文化を満喫できます。

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