浮世絵 歌川広重 名所江戸百景 109-冬 芝うらの風景  解説

歌川広重 名所江戸百景 芝うらの風景  解説 名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-109-冬-芝うらの風景  解説
              
現在の住所:港区 芝浦 
緯度経度 :緯度:35.6444 経度:139.7479
出版   :1856年2月  年齢:60歳

観光ガイド風解説:「芝うらの風景」
■ はじめに
歌川広重の『名所江戸百景』は、江戸の四季を鮮やかに描き出した大シリーズです。
その中で「芝うらの風景」は、江戸湾に面した芝浦一帯を描いた一図です。
ここは、江戸の町人や武士にとって格好の憩いの場所であり、海の広がりと富士の姿を一望できる名所でした。
広重は、海辺の静かな風景と、そこを行き交う人々の姿を通して、江戸の海辺の魅力を伝えています。

■芝浦とは
芝浦は現在の東京都港区芝浦周辺、東京湾に面した低地です。
江戸時代はまだ埋め立てが進んでおらず、波打ち際が近く、漁村的な趣を残す一方で、行楽地としての性格を強めていました。
港湾機能の一部を担い、漁業や物流の拠点でもありました。
さらに「芝浦」という名の通り、海辺に広がる草地が人々の憩いの場となり、海浜散策や舟遊びに訪れる人々で賑わっていました。
江戸湾越しに富士山を望む絶景の地として、多くの浮世絵や紀行文に登場します。

■絵の見どころ
右手、松の植えられた石垣が浜御殿です。
元々将軍の鷹狩場でしたが、松平綱重 (四代将軍家綱の弟)が譲り受けて別邸を築いたのが始まりです。
当初は甲府浜屋敷または海手屋敷と呼ばれていました。
その後綱重の子家宣が六代将軍になるに及んで浜御殿と称されるようになりました。
この浜御殿のあたりから田町、高輪牛町の手前までの海を総称して芝浦といました。
ここで捕れる魚は芝肴(しばざかな)と呼ばれ江戸市中で好んで食されました。

左に二本、航行する船に水位を教える澪標(みおつくし)が立っています。
広重はみおつくしを芝浦の象徴として描くことが多いです。
遠景に見える黒い三つの台は実際はもっと遠くにある品川沖の御台場です。
多数飛んでいる鳥は都鳥です。

■現代の芝浦
埋め立てが進み、現在の芝浦はオフィスビルや高層マンションが建ち並ぶウォーターフロントへと変貌しました。
当時の「草地と海」の景観は失われています。
「芝浦」という地名に往時の記憶が息づき、東京湾岸エリアの散策では、海風を感じながら当時を想像することができます。

現代の芝浦のランドマークであるレインボーブリッジからは、江戸の人々が眺めたであろう海の広がりを重ね見ることができます。

■観光ガイドのおすすめポイント
①芝浦ふ頭公園
江戸の海辺に立つ気分を味わえる開放的な公園です。
夕景や夜景も美しく、広重の絵と見比べると面白いです。

②レインボーブリッジ遊歩道
江戸湾の大パノラマを体感できます。
天気の良い日には、富士山が望めることもあり、浮世絵との接点を感じられます。

③芝大神宮
芝浦から歩いて行ける芝大神宮は、江戸時代から信仰を集めた古社です。

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