歌川広重-名所江戸百景-38-春-廓中東雲 解説

歌川広重 名所江戸百景 廓中東雲  名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-38-春-廓中東雲 解説

         

現在の住所:台東区千束4丁目付近

緯度経度 :緯度35.7290:経度139.7950

出版   :1857年4月 年齢:61歳 

解説

<1> はじめに

「廓中東雲」は、江戸随一の遊里・吉原を舞台にしました。

「東雲(しののめ)」とは夜明け前、空が白み始める頃を指します。

この作品で、華やかな吉原の一夜が終わり、静けさの中に漂う余韻を巧みに表現しました。

華やかな夢の世界と、夜明けに訪れる現実のはざまを描きました。

<2>吉原遊郭と「廓中」

江戸時代、吉原は浅草の北東、日本堤の内側に設けられた公許の遊郭です。

「廓中」とは、その吉原の内部を指します。

大門を入ると「仲之町」と呼ばれる大通りがあり、その両側に揚屋や妓楼が立ち並んでいました。

夜ともなれば、華やかな衣装をまとった遊女、客引きの呼び込み、三味線の音色が溢れ、江戸で最も華やかな場所となります。

しかし「廓中東雲」では、そうした喧騒の後、夜明け前の静けさが描かれているのです。

遊女は夜通し客をもてなし、明け方になってようやく休む時間を得ます。

朝の吉原は華やかな一面の裏に、彼女たちの過酷な労働や哀愁も漂っています。

夜が明けると町人や旅人の往来は一旦途絶え、掃除をする人や、夜明けの用事を済ませる人の姿がちらほら見える程度です。

夜明けの空は、宴の余韻と新たな一日の狭間を示す象徴的な要素です。

遊里という非日常の世界と、現実社会をつなぐ時間帯といえます。

<3> 絵の見どころ

吉原の大通り「仲之町」が画面の中心に描かれ、奥に向かって続く遠近法で構成されています。

両側の建物は規則正しく並び、その整然とした街並みが、かえって幻想的な雰囲気を生み出しています。

題名にある「東雲」を象徴するのが空の描写です。

まだ暗さの残る藍色から、東の空にかけてわずかに白み始める色合いが移ろいを見せ、夜の終わりと新しい一日の始まりを感じさせます。

華やかさで知られる吉原にもかかわらず、この作品では人影がまばらです。

昨夜の喧騒が過ぎ去った後の静けさを強調しています。

遊女が過ごす妓楼の建物が両脇に並び、その黒い影が空の明るさと対照的に描かれています。

浅草北の江戸唯一の公許遊廓、新吉原を描いています。

妓楼を後にする男たちはみなほかぶりで顔を隠しています。

枝の辺りだけ闇が薄く摺られていることから、丁度満開であることが窺えます。

<4>江戸の人々にとっての吉原

吉原は、江戸庶民にとって憧れの場所であり、同時に夢幻的な存在でした。

実際に遊びに行ける人は限られていました。

浮世絵や文学で語られることで、多くの人々の想像をかき立てたのです。

吉原はただの歓楽街ではなく、歌舞伎や俳諧、流行のファッション、音楽が発信される文化の中心でもありました。

<5>現代の面影

吉原大門は現在の台東区千束に「吉原大門」の交差点が残り、遊郭の入り口があった場所を示しています。

ここから仲之町が始まっていました。

遊郭跡の街並みには今も「吉原弁財天」や遊女供養塔など、当時を偲ばせる史跡が点在しています。

吉原は現在でも映画・小説・落語などで取り上げられ、江戸文化を象徴する舞台として生き続けています。

<6>観光ガイド

①吉原大門から仲之町跡を歩く

広重の構図を思い浮かべながら散策すると、江戸の夢の跡を感じられます。

②吉原弁財天・吉原神社

遊女や町人の信仰を集めた場所で、吉原文化の精神的な拠り所です。

➂浅草との組み合わせ

浅草寺や日本堤を訪れ、江戸の庶民文化と遊里文化の両方を味わうと理解が深まります。

➃東雲の時間に訪れる

朝焼けの空の下で散策すると、広重が描いた静かな「廓中東雲」の雰囲気をより体感できます。

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