歌川広重-名所江戸百景-36-春-真崎邊より水神の森内川関屋の里を見る圖 解説

歌川広重 名所江戸百景真崎邊より水神の森内川関屋の里を見る圖  名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-36-春-真崎邊より水神の森内川関屋の里を見る圖 解説

         

現在の住所:荒川区南千住3丁目付近

緯度経度 :緯度35.729587:経度39.808638

出版   :1857年8月 年齢:61歳 

解説

<1> はじめに

「真崎邊より水神の森内川関屋の里を見る圖」は、隅田川下流の雄大な流れを背景に、江戸市民の生活と自然の豊かさを表現しています。

川面を行き交う舟、遠景に広がる関屋の田園風景、そして水神の森の緑が重なり合う構図は、江戸の「水辺文化」の魅力を象徴的に描き出しています。

<2>真崎と水神の森と内川と関屋の里とは

真崎は隅田川が大きく湾曲するあたりに突き出た岬状の地形で、眺望の良さから江戸有数の景勝地でした。

舟遊びや夕涼みの名所として人気があり、俳句や和歌にもたびたび詠まれています。

水神の森は現在の墨田区東駒形付近にあった森で、川沿いに「水神社」があります。

舟運の安全を祈る信仰の場であると同時に、茶屋や休憩所が並び、庶民の行楽地としてにぎわいました。

内川と関屋の里

内川は隅田川から分流した入り江のような水路を指し、舟の往来や水辺の生活を支える役割を果たしました。

関屋の里は隅田川東岸、現在の荒川区南千住・墨田区八広あたりに広がっていた農村地帯です。

江戸近郊ながら田園風景が残り、のどかな里として親しまれました。

特に夏は涼風が心地よく、舟遊びの客が多く訪れました。

<3> 絵の見どころ

手前には隅田川を行く屋形船や漁舟が描かれ、川の生活感と賑わいが伝わります。

舟の形や人々のしぐさから、当時の舟運文化を知る手がかりにもなります。

水神の森の深い緑は、川の流れと対照的な落ち着きを与えています。

社を中心とした信仰の場としての側面も暗示されています。

川の曲線に沿って視線が奥へと導かれ、関屋の里の田畑や民家が霞むように広がります。

広重独特の遠近法が、江戸の広がりを効果的に表現しています。

空は淡い色調で塗られ、清涼感とともに、江戸の夏の澄んだ空気を感じさせます。

真崎の料亭二階から円窓越しに対岸の水神の森、関屋の里を望んでいる。

部屋の柱には季節をあらわす梅の枝が飾られています。

隅田川には舟遊びを楽しむ屋根舟や筏、遠景には筑波山が描かれています。

隅田川の下流から舟で遊びに来る文人墨客が多いです。

真崎稲荷の社伝では千葉介兼胤は家に代々伝わった霊珠により戦場でたびたび先陣を切ることが出来きました。

後に石浜城の城主となった千葉守胤がこの霊珠を城内の鎮守として勧請し、真先稲荷明神と命名しました。

隅田川沿いに位置したこの稲荷は風光明媚な場所として知られます。

<4> 江戸市民とこの景観

江戸庶民は、真崎や関屋への舟遊びを夏の楽しみとしていました。

川風に吹かれながら酒や肴を楽しみ、森や田園の風景を眺める贅沢なひとときがあったのです。

水神社に参拝してから舟遊びに興じるという、信仰と娯楽が一体となった過ごし方も庶民らしい生活です。

隅田川や真崎は俳句や川柳にも数多く詠まれました。

<5>現代の面影

現在も墨田区東駒形に水神社が鎮座し、江戸時代の信仰の名残を伝えています。

荒川区南千住や墨田区八広には「関屋」の地名が残り、江戸時代の地理をしのばせます。

現代の隅田川は高層ビルや橋が並びますが、遊歩道を歩けば往時の舟遊びの情景を想像できます。

特に夏の夕暮れは、江戸庶民が味わった風情に近い体験ができます。

<6>観光ガイド

①墨田区・水神社参拝

広重が描いた「水神の森」の舞台。こぢんまりとした社ながら、歴史的な趣を感じます。

②隅田川テラスの散策

川沿いの遊歩道を歩けば、真崎や関屋の地形を重ね合わせて楽しめます。

➂舟遊び体験

現代でも屋形船クルーズに乗れば、江戸庶民と同じ目線で隅田川の景観を味わうことができます。

➃浅草観光とセット

浅草寺や雷門から徒歩圏内で訪れることができるため、観光ルートに組み込みやすいです。

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