
歌川広重-名所江戸百景-32-春-柳しま
現在の住所:墨田区業平1丁目 法性寺
緯度経度 :緯度35.7100:経度139.8150
出版 :1857年4月 年齢:61歳
解説
<1> はじめに
「柳しま」は、隅田川の中洲にあった景勝地を題材にしています。
かつての「柳島」は、江戸庶民の舟遊びや行楽の場として大変人気がありました。
<2>柳しまとは
「柳しま」は、隅田川の東岸、現在の墨田区東向島・押上あたりにあたります。
川に突き出た中洲や川岸に多くの柳が植えられていたことから、この地名で呼ばれました。
江戸時代、隅田川は花見や川開き、花火大会など、庶民の行楽の舞台でした。
その中で柳しまは、涼を求める人々に愛され、川風を楽しむ名所となりました。
周辺には小さな祠や社が点在し、散策がてらお参りをする人々も多いです。
<3> 絵の見どころ
手前には大きな柳が描かれ、その枝が風に揺れています。まさに地名の由来を象徴するものです。
川面を広く取り入れ、涼やかな水辺の情景を強調しています。
舟遊びの船や川を渡る人々も小さく配され、賑わいを伝えます。
背後には江戸の町や寺社の屋根、さらには富士山を望むこともでき、川辺からの雄大な景観が表されています。
柳島の地名はこの辺り一帯に柳が多かったことから付けられたました。
この地には日蓮宗法性寺があり、その境内には江戸の庶民から柳島の妙見様と親しまれた妙見堂がありました。
江戸時代には災難を除き、福寿を招くとして歌舞伎役者の中村仲蔵や浮世絵師の葛飾北斎、芸妓などに信仰されました。
上がの北十間川と下の横十間川が交差した西南の角にあたります。
朱塗りの壁の内に見える堂が妙見堂です。
柳島橋を境に柳島と亀戸村に分かれます。
中央の橋が柳島橋です。
橋の袂にあるのは会席料理で有名な料亭橋本です。
北十間川に猪牙船が、横十間川には屋根船が描かれています。
<4>江戸庶民にとっての柳しま
柳しまは、夏の夕涼みや花火見物の舟遊びの拠点として人気でした。
料理や酒を持ち込んで川風を受けるのは、江戸ならではの贅沢な娯楽でした。
江戸は夏の暑さが厳しく、川辺の木陰や水辺は格好の避暑地です。
柳しまの柳並木は、庶民にとって天然のクーラーのような存在でした。
江戸の文人や絵師も訪れ、和歌や俳句の題材にしたといいます。
<5>現代の柳しま周辺
現在も墨田区に「東向島」や「柳島」という地名が残り、当時の名所の記憶をとどめています。
近隣には隅田川テラスや向島百花園があり、川沿いを歩きながら江戸時代の面影をしのぶことができます。
隅田川の景色を楽しみながら、現代のシンボルであるスカイツリーも一望できるため、「江戸と東京の対比」を楽しむ観光ルートとしておすすめです。
<6>観光ガイド
①隅田川クルーズ
江戸の舟遊びを現代に体験できるクルーズ船は、柳しま周辺の雰囲気を味わうのにぴったりです。
②向島百花園
江戸時代から続く花の名所で、広重が描いたような江戸情緒を堪能できます。
➂スカイツリー観光と併せて
歴史的な「柳しま」と現代の東京のランドマークを同時に巡ることで、時代を超えた街歩きが楽しめます。

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