歌川広重-名所江戸百景-34-春-真乳山山谷堀夜景 解説

歌川広重 名所江戸百景 真乳山山谷堀夜景  名所江戸百景

(まなやま・さんやぼりやけい)

歌川広重-名所江戸百景-34-春-真乳山山谷堀夜景 解説

           (まなやま・さんやぼりやけい)

現在の住所:墨田区向島2丁目三囲神社

緯度経度 :緯度35.7182:経度139.8064

出版   :1857年8月 年齢:61歳 

解説

<1> はじめに

「真乳山山谷堀夜景」は、江戸の東北部・浅草近辺を舞台にした幻想的な夜景を描いています。

浅草寺の北東に位置する真乳山と、吉原遊郭への玄関口として知られた山谷堀です。

夜の闇に浮かぶ舟や明かりは、江戸の歓楽街の賑わいと、人々の夜の移動風景をしみじみと伝えています。

<2>真乳山と山谷堀とは

真乳山は浅草寺本堂の北東に位置する小高い丘です。

現在は「待乳山聖天(まつちやましょうでん)」と呼ばれる寺院です。

江戸時代から庶民に信仰されました。

聖天(歓喜天)は商売繁盛や夫婦和合の神として信仰を集め、縁結びの願掛けにも訪れる人が多いです。

小高い丘からは隅田川や山谷堀が望め、江戸の町を見渡す景勝地です。

山谷堀は、隅田川から吉原遊郭へ向かう舟の経路として賑わった運河です。

浅草・新吉原を結ぶ交通路として、夜間も多くの舟が往来しました。

遊興へ向かう人々を乗せた舟が行き交い、堀の両岸には茶屋や待合が軒を連ねていました。

<3> 絵の見どころ

漆黒の闇の中、川面には灯火が揺れ、舟影が行き交います。

昼のにぎわいとは違う、しっとりとした情緒が表現されています。

丘の上にそびえる真乳山の輪郭が浮かび上がり、神秘的な雰囲気を醸しています。

舟には提灯や篝火が灯り、吉原へ向かう人々の期待や華やぎが伝わります。

娯楽と信仰が隣り合わせに存在する江戸の都市空間の特色が描かれています。

浮世絵で夜の風景を大胆に描く例は少なく、広重が夜景を選んだこと自体が画期的でした。

真乳山は隅田川を望む景勝地でかつては赤土山、 真土山とも言われました。

現在は待乳山と書きます。

ここは浅草観音に由来した大きな山でした。

日本堤を造るために削られ小さくなったといわれています。

山には聖観音宗龍院の堂があり、歓喜天双身像を祀っている。

庶民は親しみを込めて聖天さまと呼んでいました。

元はインドのヒンドゥー教のシバ神に仕える将軍でした。

その後仏教と結びつきました。

江戸時代には商売繁盛、夫婦和合に利益があるとされました。

前景には桜樹の下、芸妓が先を行く提灯の明かりに導かれて隅田堤を歩いています。

ここは三囲神社で、対岸の丘は真乳山です。

その下に料亭の明かりが見えます。

山谷堀に架かる今戸橋の姿が描かれています。

<4>江戸庶民とこの風景

山谷堀は「夜の歓楽の入口」として、多くの人々に利用されました。

庶民だけでなく、武士や商人も舟で吉原へ向かいました。

真乳山で祈願し、山谷堀から舟で吉原へ。信仰と遊興が交錯する独特の江戸文化を感じ取れます。

<5> 現代の面影

待乳山聖天は現在も浅草に残り、夫婦和合・商売繁盛のご利益で知られます。

境内からは隅田川の眺望が楽しめます。

山谷堀の運河は埋め立てられ、現在は公園や道路となっています。

浅草周辺を歩けば地名や碑に往時の名残が見られます。

提灯やライトアップで照らされた浅草寺や隅田川の夜景を歩けば、当時雰囲気を追体験できます。

<6>観光ガイド

①待乳山聖天参拝

今も続く江戸庶民の信仰を体感できます。

②浅草寺夜間ライトアップ

夜の浅草は、江戸の夜景をしのぶ絶好の場所です。

➂山谷堀跡をたどる散策

公園や道に残る歴史の痕跡を歩くことで、江戸時代の舟運を感じられます。

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