歌川広重-名所江戸百景-43-夏-日本橋江戸ばし 解説

歌川広重 名所江戸百景 日本橋江戸ばし  名所江戸百景

歌川広重-名所江戸百景-43-夏-日本橋江戸ばし 解説

現在の住所:中央区日本橋室町1丁目 日本橋

緯度経度 :緯度35.6825:経度139.7745

出版   :1857年12月 年齢:61歳 

解説

<1> はじめに

歌川広重の大作『名所江戸百景』は、全119図のシリーズです。その記念すべき最初の一枚に選ばれたのが「日本橋江戸ばし」です。

広重はシリーズ冒頭にこの光景を据えることで、「江戸のすべてはここから始まる」という象徴性を強調しました。

橋の上を行き交う人々、往来する大名行列、川面を行き交う荷船、そして遠景にそびえる富士山のは江戸の繁栄と活気が凝縮されています。

<2>日本橋とは

日本橋は1603年、徳川家康の命により架橋されました。

江戸城下を流れる日本橋川に架かり、五街道(東海道・中山道・奥州道・甲州道・日光道)の起点として整備されました。

橋の周辺には魚市場をはじめとする市場が広がり、江戸の経済活動の中心地です。

全国から運ばれてきた物資がここで取引され、江戸の台所を支えました。

日本橋は単なる橋ではなく、全国の里程標(距離の基準点)でもありました。

旅人にとって「日本橋を出発点とする」という言葉は、まさに日本全国の旅の始まりを意味しました。

<3> 絵の見どころ

日本橋は江戸の中心に位置し、江戸橋との間の北岸には一日千両の商いが行なわれた日本橋魚河岸がありました。

対岸の南詰は隅田川から日本橋川を遡り魚河岸や物資の集積場所です。

河岸には蔵が立ちならび、付近には商家の大店が軒を並べていました。

左上の小さく見える江戸橋は日本橋の200m下流です。

本船町と四日市河岸に、1596年~1615年頃に架けられました。

長さ38m、橋の欄干に付けられた擬宝珠が格式の高さを示しています。

擬宝珠が付けられた市中の橋は、江戸橋の他に日本橋と京橋、新橋の4つの橋だけです。

左に大きく見えるのが日本橋の擬宝珠と欄干です。

日本橋の魚市場から鰹を仕入れた棒手振が特別大きく描かれています。

日本橋川にはさまざまな川舟が各々の河岸に停泊しています。

<4> 江戸の庶民と日本橋

日本橋のたもとには魚市場があります。

早朝から活気にあふれていました。

江戸っ子にとって新鮮な魚は日常の味覚を支えるものであり、日本橋は食文化の中心です。

大名行列や祭礼の行列が橋を通過することもあり、日本橋は江戸の「見せ場」の舞台でもありました。

江戸庶民にとっての旅行は、一大行事でした。

東海道を歩く旅人も、中山道を行く商人も、皆この日本橋を渡って旅立ちます。

<5>現代の日本橋を歩く

現在の日本橋は1911年に架けられた石造二連アーチ橋です。

国の重要文化財に指定されており、今も東京の交通の中心を担っています。

日本橋の中央には「日本国道路元標」があり、ここから全国への距離が測られています。

現代の日本橋は高速道路に覆われてしまっていますが、現在「日本橋上空高速道路地下化プロジェクト」が進められ、将来的には江戸時代のように空を仰げる橋景観が戻る予定です。

<6>観光ガイド

①日本橋散策

橋を渡りながら、道路元標や石碑を探してみましょう。

②日本橋魚市場跡

橋の近くにはかつての魚河岸の跡を伝える碑があります。

江戸の食文化の発祥地を訪ね歩くのもおすすめです。

➂浮世絵との比較

「日本橋江戸ばし」の図を手にしながら橋の上に立てば、江戸時代と現代を重ね合わせる不思議な体験ができます。

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