
歌川広重-名所江戸百景-40-春-せき口上水端はせを庵椿やま 解説
現在の住所:文京区 関口2丁目10番椿山荘近辺
緯度経度 :緯度35.7130:経度139.7400
出版 :1857年4月 年齢:61歳
解説
<1> はじめに
「関口大洗堰」付近を題材とした作品です。
この地は、上水の取り入れ口として重要な役割を果たしています。
文人墨客に愛される閑静な地でもありました。
俳人・松尾芭蕉ゆかりの「はせを庵」、そして椿の名所であった「椿山(つばきやま)」が描かれています。
<2>玉川上水、関口大洗堰、芭蕉庵、椿山とは
玉川上水は1653年、江戸市中に飲料水を供給するために開削された人工の水路です。
多摩川上流から取水し、練馬から四谷・神田方面へと水を引き込みました。
江戸の人口増加を支えた「命の水」といえます。
関口大洗堰は、文京区関口に設けられた堰で、江戸の上水取り入れ口の一つです。
ここで水量を調整し市中へ分配しました。
大きな木製の水門や石積みが組まれ、重要な水利施設として機能しました。
関口という名称には、井の頭からの水を江戸川と神田上水にわけるためにつくられた堰の口という説と奥州街道の関所があるためという二つの説があります。
松尾芭蕉と関口の関係は、この地には俳人・松尾芭蕉が一時住んだとされる「はせを庵」がありました。
庵は小さな草庵で、芭蕉が『おくのほそ道』の旅に出る直前の生活の場でした。
芭蕉が詠んだ句の多くは自然との調和を大切にしています。
椿山の由来は、この地は椿が多く自生していたことから「椿山」と呼ばれました。
江戸時代には花の名所として知られ、春になると多くの見物客が訪れました。
明治時代には山縣有朋の邸宅「椿山荘」となり、現在は有名なホテル「ホテル椿山荘東京」です。
<3> 絵の見どころ
社は見えませんが、右の山には水神社があります。
この傾斜面には椿が多かったことから椿山と呼ばれました。
左岸には早稲田の田圃が広がっています。
右の建物は芭蕉庵です。
芭蕉庵は、1743年の芭蕉五十回忌に、白兎園宗瑞と如庵馬光が発起人となって建てたものです。
堰堤改築工事のときに芭蕉が水番屋に住んでいたという説もあります。
<4>現代の関口・椿山
現在も文京区関口には「大洗堰跡」の碑が残り、玉川上水跡として散策路が整備されています。
川辺の散策を楽しみながら、江戸の水の歴史に触れることができます。
椿山の地は現在、庭園とホテルとして親しまれています。
広大な日本庭園には椿をはじめ、四季折々の花が咲き誇り、江戸時代の名残を今に伝えています。
芭蕉庵そのものは残っていません。
近隣には芭蕉を記念する碑があり、文学散歩の地として訪れる人も多いです。
<5>観光ガイド
①椿山荘庭園散策
四季折々の花が楽しめる日本庭園は必見です。
広重が描いた「椿山」の面影を感じられます。
②大洗堰跡めぐり
散策コースを歩きながら、江戸のライフラインを支えた玉川上水の歴史を学ぶことができます。
➂芭蕉ゆかりの地探訪
文京区界隈は芭蕉ゆかりの史跡が多く、俳句好きや歴史ファンにはおすすめの散策場所です。

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