
歌川広重-名所江戸百景-28-春-品川御殿やま 解説
現在の住所:品川区 北品川3丁目付近
緯度経度 :緯度35.6260:経度139.7325
出版 :1856年4月 年齢:60歳
解説
<1> はじめに
「品川御殿やま」は、東海道の宿場町・品川にある高台からの眺望を描きました。
海と空が大きく広がる開放感に満ちた構図は、江戸庶民が愛した海辺の景勝地を伝えてくれます。
<2>品川御殿山とは
「御殿山」は、室町時代に太田道灌が築いた砦に由来するとされ、その後は徳川家の御殿(休憩所や迎賓館のような施設)が置かれたことから、この名で呼ばれるようになりました。
江戸時代には桜の名所として知られ、春になると多くの庶民が花見に訪れました。
幕府もここで盛大な観桜を催したと記録されています。
高台からは江戸湾を一望でき、帆を張った船が行き交う様子や房総の山並みまで望むことができました。
<3> 絵の見どころ
高台から見下ろすように海と空が大きく描かれ、視界の開放感が特徴です。
手前に桜や松を配し、奥に広がる海と空を大胆に描くことで、浮世絵らしい遠近感が生まれています。
画面には花見に訪れた人々の姿が点在し、弁当を広げたり景色を眺めたりと、のんびりとした余暇の雰囲気が伝わります。
特に桜の下で憩う庶民の姿は、江戸の余暇文化を象徴しています。
当時の江戸湾は今よりも入り江が深く、品川の海は青々と輝いていました。
帆船の白が空と海に彩りを加え、春らしい爽快な印象を与えます。
御殿山の地名は、将軍の狩猟用の休み御殿または参勤交代で東海道を通る大名の休息所に由来します。
1688~1704年に焼失し、以降再建されることはありません。
後に八代将軍吉宗により桜が植えられてからは、江戸庶民の憩いの地になりました。
1721年には酒を飲んで暴れる者が出たために狼藉禁止の立て札が立てられた。
品川沖に砲台を造るため台地が削られた1853年から四年たった様子が描かれていかす。
相変わらず桜の名所として知られていたことがわかります。
<4>江戸庶民にとっての御殿山
御殿山は、江戸の花見場所として非常に人気がありました。
吉原や向島の花見と並び、ここは「海が見える桜の名所」として特別な魅力がありました。
庶民は酒や料理を持ち寄り、三味線や太鼓を伴って宴を楽しんでいました。
海風が心地よく吹き抜ける御殿山は、夏には涼を求めて訪れる人々でもにぎわいました。
<5>現代の御殿山
明治時代には、この地は鉄道敷設や都市開発で大きく変貌しました。
桜の名所としての風景は失われました。
「御殿山」という地名は今も残っています。
現在の東京都品川区北品川・御殿山付近は、オフィスビルや高級住宅地として知られています。
御殿山庭園(ホテルや企業の庭園施設)などにその名が伝わり、春には桜並木も楽しむことができます。
<6>観光ガイド
①御殿山庭園(品川)
現代の御殿山地域には緑豊かな庭園があり、季節ごとに花や自然が楽しめます。
かつての桜の名所を偲びながら散策するのもおすすめです。
②品川宿を歩く
東海道の最初の宿場町として栄えた品川宿は、今も寺社や古道の名残を残しています。
北品川・南品川を歩けば、江戸の旅人の気分を味わえます。
➂天王洲や東京湾岸との組み合わせ
広重が描いた海の眺めを想像するなら、天王洲や品川シーサイドへ足を延ばしてみるのもおすすめです。

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