甲州犬眼峠

葛飾北斎_富嶽三十六景_甲州犬眼峠 浮世絵
葛飾北斎_富嶽三十六景_甲州犬眼峠

葛飾北斎の浮世絵、「富嶽三十六景」の「甲州犬眼峠」について説明する。

この浮世絵の犬目峠は、現在の山梨県上野原市に位置する。

ここの峠は富士の眺めが良いことで知られていた。
本図で北斎は、高さによって見え方が変わっていく富士山の表情を白、藍色、茶色の三色で摺り分けることによって巧みに描き出している。
一面緑に覆われた坂道を2組の旅人が荷馬は山間の風景を楽しむかのように、語らいながらゆっくりと歩を進めている。
峠の高みから見る富士の景色に思わず目を止めている。
小さく描かれた人物が、この眺望の雄大な景色と緩やかな時間の流れを強調している。

犬目宿は野田尻宿(上野原市)と下鳥沢宿(大月市)との間にある甲州道中の宿場であった。
本図は犬目峠から富士山を望む。

犬目宿から桂川沿いの下鳥沢宿へと下る途中の峠の様子を描いたと考えられる。
犬目の地元では「遠見」という高台から見た富士を北斎が描いたと伝えられているが、実際の風景はだいぶ違っている。
天保の大飢饉に端を発した郡内一族(1836年)の指導者のひとり「犬目の兵助」の生家前には、苦しむ民衆のために立ち上がった。
兵助の功績を紹介する看板が立ち、近くに墓もある。

新緑のなだらかな甲州道中の峠道を旅人や馬子が登っていく。

この浮世絵で、摺り残して表現した雲は坂道と富士山の間に距離を作り出し、眼下に渓谷があることをうかがわせる。
鋭角の富士山と峠の斜め線による簡潔な構図によって、明るくのどかな景色が広がっている。
小さく描くことで富士山の大きさが伝わります。

渓谷から昇る雲は、浮世絵の和紙の肌を活かし柔らかく表現されている。

この浮世絵は1830年から1832年頃の作品である。北斎の年齢が72歳頃になる。

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